【このままでは終われない】『35歳症候群』麻生圭子【もうひと花咲かせたい】

病気というのは、自覚症状が出にくいものほど怖いらしい。気づいた頃にはすでに手遅れになっていることが多いのです、なんていう台詞もよくきく。この三十五歳症候群はまさにそれだと思う。自覚症状が出たときには、すでに何かをしでかしている——。

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

別の本を借りようと図書館の蔵書検索をしていたら、この本の衝撃的なタイトルが目に入り、、
こっちを先に借りてみました!

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

抜けると何でもない、35歳症候群。しかし重かった人は、振り返った時すでに、
離婚、不倫、シングルマザー、転職、、といった人生の選択をしてしまっている。

ここまでがまだ「プロローグ」ですが、もうすでに心が痛い。笑
「大人の女になるための最終関門」、「三十五歳の宿題」、「忘れられた女にはなりたくない」、
第1章の目次だけでなんだかグサグサ来る、、、笑

作者は作詞家の麻生圭子さん。この本を書くにあたって友人にインタビューをしたとき、
「ちゃんと治し方まで書いてよね!」と言われたことがきっかけで
この本は「自伝的三十五歳体験談」になったとのこと。読み進めると、確かに、という感じです。

印象的なフレーズがいくつもあったのでご紹介します!

何たって大人というのは、人の上に「大」の字がつくんだから。大がつくからには、大恋愛、大失恋、大挫折、大失敗、大出産——を経験しないと。それにはやっぱり最低、十年やそこいらはかかると思うのだ。

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

隣の芝生は青い。特に三十五歳を過ぎてからの隣の芝生ときたら、もう陽光を浴びてキラキラと輝いていた。

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

結局、三十五歳の厄年は、独身だろうが、既婚だろうが、美人だろうが、ブスだろうが、頼りになるのは自分だけなのだと思った。

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

母親になれない女は二流なのだ、というコンプレックスは今はもうすっかり失せてしまった。人それぞれ、色んな生き方がある。独身であろうが、未婚の母であろうが、既婚で子供レスであろうが、子持ち主婦であろうが、そこに上下の差はない。あるのは、その女性がどれだけ真摯に生きているか、それだけだと思う。

『35歳症候群―私だけのしあわせをみつけるために』麻生圭子

人に言えるような偉業は一切していないけど、ここ数年の自分の動きで一番良かった!と思っていることは、多くの友人とつながっていたいくつかのSNSのアカウントを削除したことです。

自分の芝生のお世話すらしていない(お世話の必要性すら認識していない)くせに
人の芝生を毎日眺めて、場合によっては振り回されて、自分の芝生より他人の芝生に意識が向く。

最近、昔よりは少し大人になってきたなと感じるので(自分なりに、笑)
旧姓にも新姓にも入っている「大」の字にふさわしいように、
大挑戦、大挫折、大成功、大失敗、、などなど経験できるように頑張っていきたいなと思います!

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