ある日。子供が「割れちゃった~」と持ってきたのは、、、
何も飛び散っておらず、鋭利な破片にもなっておらずほっとしたものの、
え、これどこに置いていたっけ?と一瞬思い出せなくなるくらいのレアもので笑いました。
子供の手が届かないところに吊り下げていましたが、
もはや3歳児は椅子を動かし踏み台にして、何でも取ってきます。。。
長谷寺の身代わり鈴が割れるときは、
「何かの災厄を代わりに受け止めてくれたとき」なのだそうです。
もう10年以上前に亡くなった母方の祖母が、かつて嬉しそうに話してくれた
「落とした財布がそのまま戻ってきた。ただ、一緒に付けていた身代わり鈴だけは割れていた」
、、、なんとも通俗的な、いやユニークなエピソード。笑
そのせいか昔から好きで、なんとなく信じています、身代わり鈴。
世界全体が思いもよらぬ方向に突き進んでいる2020年。
「割れた」「割られた」でなく「割れてくれた」、そんな気がする身代わり鈴。
いつ買ったんだっけ?と思い起こしてみたところ、おそらく2016年・・・
またいずれ、心穏やかに長谷寺をお散歩できる日が来るといいなと思います。
そのときは、身代わり鈴をお土産に買ってこれますように!